地域ガイド
アロータウン(Arrowtown)
概要
アロータウンは、クイーンズタウンから車で行ける金鉱の町です。1862年にアロー川で金が見つかって町ができ、当時の建物や中国人鉱夫の集落跡が残っています。中国人集落跡は自然保護省(DOC)が管理し、1時間以内で見て回れます。
詳細
アロータウン(Arrowtown)は、南島のクイーンズタウン近くにある小さな町です。金を含むアロー川(Arrow River)のほとりにあります。行政はクイーンズタウン・レイクス地区カウンシル(QLDC)の地区に含まれます(クイーンズタウン)。
政府観光局(Tourism New Zealand)によると、町の人口は約2,200人です。
ゴールドラッシュの歴史
遺産保護の公的機関ヘリテージ・ニュージーランド(Heritage New Zealand)の登録情報によると、町の成り立ちは次のとおりです。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1862年 | ウィリアム・フォックス(William Fox)がアロー川で金を発見。約3,000人の鉱夫が集まる |
| 1863年 | 大きな洪水で最初の町が水につかり、町を移してバッキンガム通り(Buckingham Street)がつくられる |
| 1864年末 | 店が19軒、ホテルが10軒あった |
| 1867年 | 今もバッキンガム通りに並ぶ西洋の落葉樹の並木が植えられる |
鉱夫の多くは、オーストラリアのビクトリア州から来ました。バッキンガム通りの一角は歴史地区(Historic Area)として登録されています。1870年代の石造りの旧銀行や、木造の小さな鉱夫の家などが残っています。
政府観光局は、当時の建物が60以上残っていると紹介しています。バッキンガム通りにはレイクス地区博物館(Lakes District Museum)があり、マオリの歴史や開拓、ゴールドラッシュの資料を展示しています。
中国人集落跡(Arrowtown Chinese Settlement)
町の外れには、中国人鉱夫が住んでいた集落の跡があります。
- ヘリテージ・ニュージーランドによると、中国人鉱夫は1866年にオタゴへ来ました。ヨーロッパ系の鉱夫が西海岸の金鉱へ移ったため、オタゴ地方議会(Otago Provincial Council)が招いたものです。
- 集落の人口がいちばん多かったのは1888年ごろで、約60人でした。1923年までにほとんど人がいなくなりました。
- 1885年には、小屋が約10棟、大きな集会所、少なくとも2軒の店がありました。
- 1983年に発掘調査が行われ、小屋が復元されました。発掘で見つかった品は、町のレイクス地区博物館で展示されています。
自然保護省(Department of Conservation、DOC)によると、現地の様子は次のとおりです。
- 場所はバッキンガム通りの突き当たり、ブッシュ・クリーク(Bush Creek)のほとりです。
- 復元された小屋が5棟あります。100m先には、修復されたアー・ラム(Ah Lum)の店があります。
- 説明板は英語と中国語です。
- 見学は1時間以内で、難易度はいちばんやさしい区分です。
- 中心の道は車いすやベビーカーで通れます。わき道は坂や路面のため車いすでは通れません。
詳しくはDOCのページで確認してください。
季節と楽しみ方
- 政府観光局によると、4月と5月は落葉樹が色づきます。4月の最終週には秋の祭り(Arrowtown Autumn Festival)が開かれます。
- 商業的な採掘は終わっていますが、アロー川では砂金採り(gold panning)を体験できます。
- 四輪駆動車のツアーで、ゴーストタウンのメイスタウン(Macetown)へ行くこともできます。
日本との違い・注意点
- 南半球のため、紅葉の季節は4月から5月です。日本の秋とは時期が逆です。
- 中国人集落跡のわき道は、車いすでは通れません。車いすやベビーカーの人は中心の道を使ってください。
- 歴史地区の建物や復元された小屋は、登録された文化遺産です。中に入れる場所かどうかは、現地の案内に従ってください。
- 季節ごとの旅の準備はNZの季節ガイドを見てください。
関連項目
内容の誤りや古い情報に気づいたら、教えてください。公式の情報と照らし合わせて修正します。 誤りを報告する